Jazzヴォーカリスト「びび」こと工藤直子の日々。


by vivian_n
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『長春香』によせて

先生の作品には、
亡くなった知人や友人について書かれた作品が
本当にたくさんある。
『鶏蘇仏』『破軍星』『空中分解』
『一本七勺』『花のない祝宴』『とくさの草むら』
『竹杖記』『漱石先生臨終記』
そして『東海道刈谷駅』。
今パッと思いつくものだけで、これだけある。
『長春香』も、そういった作品のひとつなのだけれど、
ちくま文庫の集成には収録されていないと
ずっと思い違いをしていて、
最近になって気が付き、
先日やっと、このセンチメンタルな、
淡い恋のような話を読むことができた。

ドイツ語を自宅に習いに来ていた女学生、長野初との交流。
聡明で、美しい彼女から聞くとはなしに聞いた、
不幸な「最初の結婚」と、幼くして亡くなった子供のこと。
関東大震災で彼女が消息不明になった後、
安否を尋ねて歩く先生と、その後、毎年震災記念堂に
おまいりに行く度に気付く奇妙な記憶の混乱。
彼女の家の焼け跡に残っていた鳥の形をした一輪挿しと
腰掛け稲荷での闇鍋を囲んだ馬鹿騒ぎ。

先生は、『長春香』の約30年後にも、
彼女の事を『アヂンコート』という作品で回想しているのだけれど、
こちらは、「男女」であると同時に「師弟」でもあることの
何か切なさのようなものが伝わって来る。

お初さんは、その当時空き地になっていた
被服廠跡に避難したのだという。
広い所に逃げれば火事はやり過ごせると考えていたのかも知れない。
しかし、それが逆に、最悪の結果を招いてしまったのだ。
事実、本所界隈のほとんどの人がそこで亡くなったという。
被服廠跡は、その後震災記念堂となり、
現在では東京都慰霊堂として、
東京大空襲で亡くなった身元不明の人たちも合祀されている。

『アヂンコート』の最後にこんな事が書いてある。

 ーしかし私はなぜそんなにお初さんを探しに行ったのか。
  ただ消息が知りたかったと云っても、
  消息を突き止めてどうすると云うのだろう。(中略)
  人ごみに交じって、むくむくと立ちのぼる香煙の向うに
  何を見ようとしたのだろう。ー


…って私、去年の10月頃、東京都慰霊堂に、
その建物自体を見たくて行ってるじゃん(@_@;
それに、今年の始めに音羽界隈を散歩した時、
盲学校のそばの腰掛け稲荷の前も偶然通ってるよ…。
先生の女弟子が、関東大震災の時に被服廠跡で
亡くなっているという事は、別の作品にも所々出てくるので
なんとなく知っていたけれど、
腰掛け稲荷まではさすがにノーチェックだったわい。

…もうやだなあ先生。
先に言ってくれればよかったのに。
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by vivian_n | 2008-03-05 01:11 | 百閒先生