Jazzヴォーカリスト「びび」こと工藤直子の日々。


by vivian_n
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3月11日

その日、私は田町にいました。
東京湾を見渡せるビルの24階。
突然の大きな横揺れの連続の後、ふと窓の外に視線を移すと、
お台場方向から立ちのぼる黒い煙が見えました。

何か、とんでもないことが起こっているのでは…?

携帯で連絡を取ろうにも電話はつながらず、メールも送れず。
しかしインターネットは生きていたので、
すぐ家族と連絡を取ることが出来、まずは一安心。
結局夜までその部屋を動かず様子を見ていましたが、
調べてみるとなんとか歩いて家まで3時間ほどで帰れそうだったので
21時頃、家に向けて出発しました。

1階まで降りる階段の長いこと。
降りる途中の壁には亀裂が入っている所も多々ありました。

外に出て歩き始め、最寄りの都営地下鉄三田駅の前を通り過ぎようとした時、
「浅草橋まで運転します」とのアナウンスが聞こえて来ました。
しばらく待ってようやく発車。
するとすぐに車内アナウンスで「大江戸線は全線で運転を再開しました」との事。
次の大門で大江戸線に乗り換えて、上野御徒町まで。
なんとか道程の半分を電車を使って辿り着くことが出来ました。

しかし、ここから先はもう電車は動いていない様子。
京成上野駅の地下通路を通り抜けて地上に出てみると
JR上野駅はタクシー待ちの長蛇の列。

それを横目で見ながら通り過ぎ、入谷、三ノ輪、南千住…
延々と続いている人の波に乗って
とにかく、ひたすら4号線を北上し、
家に到着したのは結局午前0時を回った頃でした。
幸い、ガスも、電気も、水道も大丈夫だったようです。

私と一緒に同行した二人を車でそれぞれの家に送り届け、
帰って来てからテレビを見る。

何が、どうなってしまったのか。

とにかく、朝になればいろいろ分かるだろうと
寝るともなしに布団をかぶった。

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今回の大地震で亡くなられた方、また、最愛のご家族を亡くされた方。
被災され、避難所で日々を過ごされている方。
心からお見舞いを申し上げます。

東北地方の復旧はもとより、
福島の原発事故は、収束までにはきっとまだ長い時間がかかるでしょう。
生き残った私たちは、この先日本という国がどうなって行くのか、
しっかり考え、見届けなくてはいけない、と思う。

私たちに託されたもの。

私はこの日を、一生忘れない。
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by vivian_n | 2011-03-31 21:25 | ひび。